はじめに ~品種登録制度の概要~

我が国では、新たな種苗の品種を保護するために「種苗法」が定められており、品種登録を行うためには、農林水産省へ植物品種について登録の申請をする必要がございます。 品種登録されて育成者権を得た「育成者権者」は、登録品種を業として利用(種苗の生産・販売等)を独占的に行うことができるうえ、登録名称を使用した当該品種を、第三者に邪魔されずに市場に流通させることができます。許諾を得ていない者が業として登録品種の種苗や収穫物等を利用した場合は、育成者権の侵害となり、育成者権者はその利用差止や損害賠償の請求が可能です。 植物の種苗は、その外観からだけで品種の区別することは困難であり、品種を識別する際には品種の名称が決め手になります。したがって、品種登録を認めることで、種苗の流通および使用の適正・円滑化を図っているのです。 品種登録出願が登録されると、品種登録の日から25年間保護されます(果樹、木材等の永年性植物は30年)。 ※一方、登録された年月によっては、適用される旧種苗法に応じて存続期間が異なります。 品種登録は、皆様の重要な品種を国内外の模倣・不正利用から守る重要な制度です。 他の知的財産権と同様に属地主義であり、保護を行いたい世界各国で登録を行わなくてはなりません。近年では、海外・特に東アジア各国において、我が国の植物品種の不正流出が増加して問題視されています。ついに、農林水産省は、「植物品種等海外流出防止緊急対策事業」を発表するに至り、品種登録制度の意識向上が望まれている状況です。 この度は、品種登録と大変密接な関係がある「商標」について、日本国内の事例とともに紹介し、皆様に役立つ情報を知って頂きたく、このようなページを設けた次第です。

種苗法による保護と商標法による保護の違い

種苗法によって既に品種登録を受けている名称は、原則として同一範囲で商標登録することはできません。 →何れか一方で登録されている「植物の品種の名称」について、もう一方では登録を排斥する仕組みとなっています。 ①種苗法
  • 商標権者は、自己の登録商標と同一/類似の品種の名称で品種登録出願しても、品種登録を受けることができない(種苗法第4条第1項第2号および第3号)。
商標権と違って、「名称の使用」自体は独占することはできません。育成権者以外の者であっても、業として種苗を譲渡する者すべてに対し、当該登録品種の名称を使用することが義務付けられているためです(種苗法第22条第1項)。 もっとも、名称の使用を独占せず、使用を推進させることによって、当該種苗を広く円滑に流通させることが可能になっています(これが種苗法の目的でもあります)。 また、品種登録による保護期間(25年/30年)を経過すると、登録品種名称は誰でも利用可能になってしまいます。 ②商標法
  • 育成者権者は、品種登録期間中は、自己の登録品種の名称と同一/類似の商標を登録出願しても、商標登録を受けることができない(商標法第4条1項14号)。
  • また、品種登録期間経過後は、当該品種名称は、普通名称/記述的商標となり登録を受けることができない(商標法第3条1項1号または3号)。
・商標法では、品種の名称を、“種子類”,“苗”,“野菜”,“果物”,“農産物の輸送”,“苗の仕立て”や、その他収穫物・加工品等を指定して、商品/役務を商標登録することが可能です。 ・種苗法とは違い、商品や役務に独占的な使用を認めていることから、誰もがその名称(標章)を使用できる状態になってしまうことを防いでいます。よって、収穫物や加工品に商標を付したいというお考えであれば、商標権も取得しておくべきです。 ※逆に、第三者から勝手に、加工品に関する権利を横取りされないよう守る意味もあります。
  • 登録品種の名称と同一/類似の商標は登録は、原則不可です。またこれは「他人」に限らないため、育成者権者自身が商標出願しても拒絶されます。例)登録済み品種名称「ABC」:りんごの苗木 出願商標「ABC」:りんごの苗、りんごの種子etc...   →原則、登録不可
  • 一方、同一/類似の商標でも、指定商品を非類似とされるもの(品種の収穫物・加工物)とする場合、登録を受けられる可能性はあります。商標法では、“種子”,“苗”,“収穫物”,“加工物”は互いに類似ではないと取扱われているためです。※しかしながら、その名称からただちに品種の収穫物や加工物を想起させる場合は登録されない傾向にあるようです。例)登録済み品種名称「ABC」:りんごの苗木 出願商標「ABC」:りんごジュース、菓子類、りんご酒etc...→登録可能性有
従って、後述(3)のように、第三者に権利を横取りされる可能性もあります。そうなってしまうと、横取りされた権利範囲の商品/役務に使用できなくなるため、育成者・販売者・加工者等の皆様にとって大変厳しい状況に陥ります。
  • 商標権による保護は、種苗法とは違い、一旦商標登録をしてしまえば、正しく更新手続を行っている限り、権利は消滅しません(但し、無効理由等で取り消される可能性はあります)。
  • 登録期間が経過し、品種登録が消滅した後は、当該名称は「普通名称」(一般的によく使われている単なる固有名詞)として扱われ、当該品種に係る商品との関係においては、以後の商標出願は原則すべて拒絶されます。
③注意点 ・ 品種登録名称と同一又は類似の商標は重複して登録できません。 ・ 既に品種登録があれば、権利範囲が同一/類似である名称同一の商標を出願しても、品種登録を理由に拒絶されます。※育成者自身が商標出願しても拒絶となる。 ・ 逆に、権利範囲が同一/類似である名称同一の商標が存在する場合、品種登録名称の出願は拒絶されます。※同様に、自己/他人は関係なく拒絶となる。 ・ 品種登録出願をする際には、先行して商標調査を行うことをお勧めします。 ・ 特に以下の商品を理由に拒絶を受けることが多いようです。商標調査では必ず含めるべき権利範囲だといえます。 【第31類】 類似群コード33C01:種子類 33D01:木,草,芝,ドライフラワー,苗,苗木,花,牧草,盆栽 ※商標における指定商品は、具体的な植物の種類を特定せず、植物の全てが含まれている包括的な表記となっています。 ※反対に、商標出願を上記範囲で行う場合でも、先行の登録品種名称を調査しておくべきと考えます。 ④品種も商標も登録したい場合、相互の抵触を避ける方法
  • A. 品種名を「○○号」等とし、商標登録名を「ブランド化を推し進めたい名称」にする。 例)福岡「あまおう」いちご属 品種名「福岡S6号」 登録商標「あまおう\甘王」(登録第4615573号)(登録第4904223号) ・指定商品:果実,野菜,苗,清涼飲料,加工食品,果実酒等 ※Aのメリットとして、行政や農業組合等でブランド戦略を振興しやすい点が挙げられます。 当初からブランド化を図る場合には、Aが現実的な対応策であるといえます。 ※また、例えば、今後「福岡S6号」の改良品種が開発された場合にも、そのいちごを「あまおう」として販売継続することが容易であるのも利点です。
  • B. 品種名も商標登録名も同様の名称にする。一方、商標の権利範囲は、その品種の収穫物・加工品等とする。 例)北海道「ゆめぴりか」稲種 品種名「ゆめぴりか」 登録商標「ゆめぴりか」(登録第5199079号) ・指定商品:米,穀物の加工品,菓子およびパン,日本酒等 ※苗等の種苗に関係する指定商品を含めないようにしている。

品種登録のみでは適切な権利保護とは言い難い

◎ なぜ品種登録だけでは不十分なのか? 上述のとおり、品種登録があれば、同一/類似の商標は排除されるものの、その品種の収穫物や加工品を指定した商標は登録される可能性がございます。 したがって、いざ品種登録した農作物を加工して販売しようとしても、第三者によってその加工品の分野が抑えられていると、自身が正当な育成者権者であっても加工品にその名称を使用することができません。 ◎ 以下の事例は、まさにこれにより育成者側が損害を被った例です。 ◆そば種「会津のかおり」事件 ◆ 第三者に「会津のかおり」と類似の商標権を抑えられてしまった!
登録品種名「会津のかおり」 登録商標「会津の風香/かおり」
権利者:福島県 権利者:(一般企業)
種類:「そば種」 区分:第30類 指定商品:そば粉,そばのめん,そばがき,そばつゆ等
登録番号:17856 登録番号:5258227
登録日:2009/03/16 登録日:2009/08/21
◎ なぜ第三者が、登録品種名「会津のかおり」と類似の商標を登録できた? 当該第三者が、指定商品を「そば」の加工品<そば粉,そばがき,そばのめん等>を指定していたから! 上述のとおり、品種登録名称は、同一/類似商標に対して種子類や苗には権利が及ぶものの、収穫物や加工品には及ばないとされているためです。 ◎ そうなった場合福島県はどうやって加工品を販売すればよい? 商標権で抑えられた加工品を販売したい場合、品種名や原材料等の表示として「会津のかおり」を使用することしか道はありません。 (例:パッケージの原材料表示欄や内容表示の記載など) しかしながら、そのような意図で表示していても、パッケージ等で「会津のかおり」を他の文字より大きく表示・異なる色彩や書体で表示した場合には、いわゆる「商標的使用」となり、商標権侵害であるとして提訴されるおそれがあるので、使用には注意が必要です。 したがって、そば粉やそばのめん等について安全に使用可能な範囲はかなり狭いといえます。 ◎ 教訓 ・ 品種登録をする際は、その品種の収穫物・加工品への展開を考えて、商標登録出願も検討するべきである。 ・ 商標出願は、“未だその商標を使用した物を販売していない”場合でも、誰でも登録することが可能であり、早い者勝ちの制度です。第三者に先回りされないためにも、当該品種名を公表する前に商標出願をするべきでしょう。 ・ 前述の福岡県の「あまおう」や、後述の「ひめルビー」、「ドラゴンレッド」のように、品種名と商標名を別々の名称で権利取得しておくことも有効な方策です。

国内の事例

有名な品種について、品種登録&商標登録を行っている例を紹介致します。
◎「あまおう」    いちご属 品種名「福岡S6号」 登録商標「あまおう\甘王」(登録第4615573号)(登録第4904223号) ・指定商品:果実,野菜,苗,清涼飲料,加工食品,果実酒等※「あまおう」は、品種登録と商標登録を組合せて、うまく活用した好例としてよく挙げられる事例です。「福岡県」と「JA全農ふくれん」の戦略的協力が成功の要因となりました。 大いに参考になるでしょう。
◎「ひめルビー」   かんきつ属 品種名「エクリーク65」 登録商標「ひめルビー」(登録第5533868号)
◎「ドラゴンレッド」  ばれいしょ種 品種名「西海31号」 登録商標「ドラゴンレッド\龍赤」(登録第5394533号)
◎「ゆめぴりか」    稲種 品種名「ゆめぴりか」 登録商標「ゆめぴりか」(登録第5199079号)
◎「青天の霹靂」    稲種 品種名「青天の霹靂」 登録商標「青天の霹靂」(登録第5739656号)(登録第5866975号) 「青天の霹靂(ロゴ)」(登録第5749625号)

”HARAKENZO more は育成者の皆様を応援します

新たに生み出された品種は、多くの方の努力の結晶であると存じます。その品種を適切に流通、権利保護を行うために品種登録はとても大事でございます。 一方、上述のように、その品種の収穫物やその加工物なども多面的に保護するために、商標権と組み合わせるととても有効です。 ”HARAKENZO more としても育成者の皆様の知的財産保護にお役立ちしたいと考えておりますので、まずは、お気軽にご相談頂ければ幸いです。
  • また、当所は、農林水産省による「植物品種等海外流出防止緊急対策事業」において、品種登録に関する相談窓口および指定代理人の一つとして選定されております。近年増加している品種の海外流出被害を防ぐためにも、海外品種登録もお考えの方は是非当所へご相談下さい。

この記事の監修者

八谷 晃典 (はちや あきのり)
大阪法務戦略部長 弁理士/特定侵害訴訟代理人 スペシャリスト

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